相模原の浄土真宗のお寺『本弘寺』

住職の法話

タイトル:『真実の信心は必ず名号を具す 名号は必ずしも願力の信心を具せざるなり』(2017年7月 1日)

真実の信心は必ず名号を具す
名号は必ずしも願力の信心を具せざるなり


 6月23日にスマートフォンのお知らせで小林麻央さんが亡くなったことを知り、愕然とし泣きそうになりました。情報番組などで紹介される彼女のブログや夫の海老蔵さんのインタビューなどを何度も見かけましたし、ご夫婦やご家族のことは何度も目にしていましたので、影ながら応援していたのです。それに彼女のような前向きな人は、やはり頑張って快復して欲しいですし、彼女は乳癌だけでなく様々な癌や病に冒されながらも日々頑張って闘病されておられる方々の手本といいましょうか、彼女に元気づけられて自分も頑張ろうという気持ちにさせていただいた方が大勢いるのではないかと思うのです。


 それこそまだ幼いお子さんや旦那さんをはじめ、マスコミやネットなどで彼女のことを応援されていた方々に命というものを見つめさせてくださり、考えさせてくださった、たいへん大きなお仕事をされた方だと思います。彼女は亡くなられてしまわれましたが、これからも大勢の方に命や家族など大事なものを見つめさせてくださることでありましょう。


 その前の日、よく日曜礼拝にもご夫婦でお参りしてくださるMさんが往生されました。Mさんはお寺の世話役をしてくださっておられたのですが、数年前から人工透析をしなくてはならない身体になってしまわれ、役員を降りられたのです。一時期は真っ黄色な顔をなさっておられたので心配したものですが、ここ数年はお元気になられ、よく日曜礼拝にも来てくださられたので安心しておったのですが、あまりにも突然の訃報に言葉を失いました。


 小林麻央さんの訃報を聞いて数時間後、息子さんと義兄さんとで来寺され、色々お話しをする中に義兄さんの「手術をしなければよかった。」という言葉に手術をしたという話しは初耳だったので引っかかりました。


 どちらを手術されたのですか?と問いますと、心臓血管のステント手術をするために16日に入院され、20日に手術をしたのです。それも順調に快復に向かっているということで21日には人工透析をしたそうです。そして夕方2時間ほど奥さんとお話しをなさりバイバイといって別れた次の日の早朝、様態が急変したとの知らせに、急いで駆けつけたものの最期に間に合わなかったそうです。最近、家を建て替えられたばかりでしたし、当然長生きをするためのステント手術だったのでしょう。それが奥さんと会話をして間もなく、あっという間に亡くなってしまわれたのです。


 勝手なことを言うと感じられる方もおられるかもしれませんが、痛みや苦しみが無かったことを念じますが、意識まで無かった中での最期で無かったことを望むのです。いよいよの時にはお念仏申したり、お父さんやお母さんが往生されていかれたお浄土のことを思っていてくれたなら。大きな安らかな安心の中におってくれたならと思うのです。


 親鸞聖人は教行信証の中で「真実の信心は必ず名号を具す。名号は必ずしも願力の信心を具せざるなり。」とお示しくださっておられます。同じお名号でも如来から信心を賜った人からは自然と真実のお名号がこぼれるが、お念仏だからといって必ずしも信心があるとは限らず、そうでは無いものがあるということです。


 うちの子供達は家に帰ってくると必ず第一声が「お母さんは?」です。子供がお母さんと呼ぶのは母親の計り知れない愛情や慈悲の心に応えてお母さんと呼ぶのです。私たちが南無阿弥陀佛と阿弥陀如来の御名を呼ぶのも、阿弥陀如来の必ずすくうぞ見捨てはしないぞとの呼びかけへの応えなのです。こちらから「助けてください!」と呼びかけているのでは無く如来の方から「すくうぞ!」と呼びかけてくださる。そのお声に対して「はい」と応えるそれが本当の信心であり、その信心は必ず南無阿弥陀佛と声に出てくるのだということです。


 しかし、Mさんのようなご信心をいただき、仏法聴聞を悦びとしてくださって真実の信心からお念仏申しておられたお方は、万が一臨終に際してお念仏申せなかったとしてもそれは本願寺三代目の覚如聖人の御著書「執持鈔」で
「私はすでに如来の信心をいただいてお念仏申す身とならせていただいております。ですから万が一臨終に際してお念仏申せなかったとしても往生をさせていただけることは約束事なのです。」とお示しくださっておられます。ですからまったく意識が無くてお念仏申せなかったとしてもMさんの往生は疑う余地の無いことであります。ですが私の勝手な気持ちとしては、当然様々な心残りはございましょうし、様々な予定や夢はあったでしょうが、それでも阿弥陀如来がMさんを救わんと建立してくださった極楽浄土に往生させていただけることをはっきりと自覚されながら、大きな安心の中に息を引き取られたことを念じるのです。


 そしてどうか遺されたご家族の皆様がMさんの悦ばれた真実の御教えを相続なさってくださることを切に願うのであります。合掌

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