相模原の浄土真宗のお寺『本弘寺』

住職の法話

タイトル:『かけた情けは水に流し 受けた恩は石に刻む』(2020年3月 1日)

 世界中で新型コロナウイルスによる肺炎が猛威をふるい、日本も数名の方が亡くなり、多くの方が発病されて苦しまれております。亡くなられた方や発症されておられるお方に心よりお見舞い申し上げます。これからどうなるのか皆目見当がつきませんが、皆様もどうぞお気を付けください。

 先日、総理から小中高校などの休校のお知らせがありました。安心しておられる親御さんも多いようですが、仕事の関係で子どもが休むことに困っておられる親御さんも相当おられるようです。日本中で大型イベントも中止を余儀なくされていますし、企業もテレワークなどできる環境にないところの方が断然多く困っておられるようですし、電車やエレベーターのつり革や手摺りやボタンに触れてはいけないようなことも言われていますがそんなことは到底不可能です。マスクや除菌商品も店頭から消え、日本中が出口の見えないトンネルでもがいているようです。一刻も早く平常に戻ることを望むこと以外できず悲しいばかりです。

 そんななか、京都で勉強している息子も自坊に戻ってまいりました。久しぶりの兄弟再会で相変わらず双子の息子が仲良くしている光景は、暗い日常生活に明るさをもたらしてくれます。
しかし、世の中の進歩はすさまじいようで、インターネットを通じて、まったく見ず知らずの仲間を作って1日中オンラインゲームのようなものをしています。それは構わないのですが、毎日の生活は不規則になり、いつ起きているのか、寝ているのかもよく分からず、食事もしたりしなかったりというだらしのない生活をしているのです。これにはさすがに困ってしまいます。

 先日のある晩、妻が夕食の準備を終えたタイミングで食事をいただこうと2人を呼んだのですが、1人は要らないといい、1人は部屋に持ってきて欲しいといいます。日常生活のだらしなさ、母親に対する態度に腹が立ち、部屋まで行って怒鳴りつけました。「せっかくお母さんがお前達の好きなものを用意してくれたのに、要らないとか、後でとか、部屋に持ってこいとはなにごとだ!そういうことは自分で仕事をして自分で生活できるようになってからいいなさい!」こんな感じで叱りつけたわけです。ふたりは渋々リビングにきて食事を済ませました。

 2人が食事をしている姿を眺めていましたら、相田みつをさんの詩が頭に浮かんできました。

『あんなにしてやったのに「のに」がつくとぐちが出る』

私は子どもを叱りつけたときに、私自身が腹を立てているのに妻のことを持ちだし、しかもそこに「お前達の好きなものを用意してくれたのに」と恩着せがましいことをいっているのです。そしてそこに輪をかけて「自分で生活できるようになってから」と、私が食べさせてやっているんだぞと受け止められてもおかしくないようなこれまた恩着せがましいにも程があることをいっているわけです。そこに気付かされますとなんともいやらしい根性の私だなと恥ずかしくなりました。

 食事が済んで仕事部屋でその日の片付けをしていましたら、学院に通っていたときに恩師に頂いた額が目に入ってきました。そこには

「かけた情けは水に流し 受けた恩は石に刻め」

とあります。私のしていることはこれの真逆です。
かけた情けを石に刻み、受けた恩は水に流してしまう私です。なんとも情けなくなります。子供達にも「恩着せがましいオヤジだな」と思われても仕方のない私です。

 釈尊は知恩、感恩、報恩が大事とお説きくださいます。
人様からしていただいたことの恩を知ることが大事なのです。そしてその恩を受けて生かされていることに気づけたのならば、そこからその恩に感謝をする心が芽生えます。そうなったらその恩に報いていかずにはおられない自分が生まれてくるのではないでしょうか。本弘寺の住職は恩着せがましい奴なんだなと笑って終わるのではなく、どうかご自身のあり方を見つめてみてください。合掌

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