相模原の浄土真宗のお寺『本弘寺』

住職の法話

タイトル:『生死を此岸となし 涅槃を彼岸とす』(2012年3月 1日)

憂きことも 阿弥陀にあずけ 身も軽く
心嬉しや 彼岸への旅

 春のお彼岸を迎えます。お彼岸を迎えますと、日頃何かと忙しさに追われ仏縁の少ない人も神妙な面持ちでお仏壇に手を合わせ、故人を偲び墓参りをしたり、お寺へ参って仏法を聞かせていただこうという気持ちになるようです。なぜそうした気持ちになるのでしょうか?


 彼岸の行事は桓武天皇(737~806)の頃から始まったと言われていますから、1200年以上も受け継がれてきたのです。彼岸会の行事に深く大きな意義があるからこそ、永い歴史を途中途絶えることなく受け継がれてきたのであります。遠い遠い古の先祖の方々も今を生きる私たちと同じように人生の空しさを憂い、人生のやりきれない気持ちから解放されたいと願われた、その心が彼岸という理想の世界を求めずにおられなかったのでありましょう。そうした彼岸を求める心が日本人の血に流れているから綿々と受け継がれてきたのであります。


 龍樹菩薩が「生死を此岸となし、涅槃を彼岸とす」(大智度論)とおっしゃいました。此岸とは生死に迷い、悩み、苦しむ現実の私たちの生活であり、彼岸とは涅槃という悩み、苦しみの元である煩悩の火が吹き消された状態であるとおっしゃるのです。燃えさかる煩悩の火が吹き消されれば理想の平安な悟りの世界が開かれるとおっしゃるのです。


 どうしたら煩悩の火を消すことができるのでしょうか?仏の教えでは布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧といわれる六種の行を全うすることだと説かれています。六つの行を全うするどころか、なにひとつ成すことのできない私は、彼岸の境地に至ることはとうてい無理なのでしょうか?


 有り難いことにそうした難しい行を全うすることのできない私のために釈尊はお経の中に「聞説阿弥陀仏・執持名号」とお説きくだされました。阿弥陀仏の教えを聞かせていただき、南無阿弥陀仏と称名念仏を申しなさいとおっしゃるのです。仏法を聞かせていただくことが最も大切なことのようであります。


 仏法を聞いて、聞いて、深く聞かせていただく内に、今までは俺ががんばっているから。俺が助けているから。俺が許しているからと、俺が俺がの我で固まり、何かにつけ怒り、不平、愚痴の炎を燃やしていたが、そうではなかった。私はなんと愚かな、高慢な、汚い心の持ち主であったか。その上、呼吸も、食べることも、眠ることすら私の力ではありませんでしたと、自力無効を知らされ全ては阿弥陀仏におまかせの思いに変わってくるのであります。そこに身も心も和み、日常生活のひとこまひとこまが喜びの世界に変わることが不思議であります。


 今、私が尊敬し深く慕っていましたAさんのことを思い出しました。Aさんはあるお寺の住職なのです。Aさんは亡くなる5日前は大変お元気でした。まだ5年は目を瞑ることはできない。あれも解決しなければ。これも解決しなければと具体的に抱えている問題を話してくださったのです。それが5年どころか、わずか5日でお亡くなりになられたのです。訃報を受け本当に驚き、信じられませんでした。亡くなられた後、故人の机の引き出しから一通の手紙が出てきたのですが、さすが仏法を求められ、阿弥陀如来の本願に出会った方だけに、その手紙には
「阿弥陀様より火急のお呼びを受け、取るものも取りあえずお浄土へ出発致すことと相成りました。お浄土の戸籍には釋○○と改めますのでよろしくお願いします。」
とあったそうです。阿弥陀様に迎えられて彼岸の浄土へ還られたのです。一切の憂いを捨てて、お浄土の蓮の花咲く七宝の池のほとりで微笑んでおられるお姿が目に浮かんで参ります。


 親鸞聖人は、「なごりおしくおもえども、娑婆の縁つきて、ちからなくしておわるときに、かの土へはまいるべきなり。」(歎異抄第9条)と申されました。
かの土とは彼岸の浄土の世界であります。死んでからではないのです。元気な今、人生は浄土への旅であることが確信できる人は幸せであります。それには仏法聴聞させていただくことであります。合掌

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