相模原の浄土真宗のお寺『本弘寺』

住職の法話

タイトル:『このままでよかった 気が付けば 悦びいっぱい このこともあのことも』(2010年4月 1日)

このままでよかった 気が付けば
悦びいっぱい このこともあのことも

 毎日新聞の3月26日の特集記事を興味深く読ませていただいた。政府が"幸福度"の指標を作ることになったとのこと。国民がどれだけ幸福感を感じているのか?それを測る指標を作るというのです。経済成長が高まれば社会は豊かになり、人も幸福になると考えられてきましたが、今の政府はそうとも言い切れないと考え、4000人を対象に子育て、環境、雇用等各分野について国民の満足度を尋ねる意識調査を行い、その結果と経済指標を組み合わせ独自の幸福度の指標を作る予定とのことです。驚いたことにこの記事の中に2006年に英国の心理学者が作成された"幸福マップ"なるものが有り、そこに発表された幸福度1位の国はデンマークだそうで、日本は90位だというのです。日本はこんなに低いのですかね・・・政府になんとしても幸福度を国民がより高く感ずる社会実現のために頑張っていただきたいものです。
 しかし幸せであるかどうかは自分で感じて自分で判断することですから、国民がすべて幸福を感ずる社会を作ることは難しいでしょうね。私は社会がどうあれ、国がどうあれ私の命は不可思議な深い大きなご縁の中に賜った尊い命ですからなんとしても真の悦びを見つけたい。悔いのない人生を全うしたいと思い仏教にその道を尋ねてきました。釈尊の説かれた遺教経に
「多欲の人は利を求むること多きが故に苦悩も亦多し。
 小欲の人は無求無欲なれば則ち此の患無し。
 小欲を習い修めるべきである。
 小欲を実践する人は心が淡々として落ち着いており憂い畏れることがない。」

と説かれており、深く頷けるのです。この教えを大切に忘れまいと思うのですが、家族を持ち社会生活を営む私は何かにつけ欲の多い、欲を捨てきれない、どうにもならないものを感ずるのです。念仏者で詩人の故榎本栄一さんが
「私の中 覗いたら
 お恥ずかしいが
 たれよりも
 自分が一番かわいいというおもい
 コソコソうごいている」

という詩をうたっていらっしゃいます。正に私のことであります。自分が一番かわいいという心は、私が寝ている夢の中にも、何かをしている瞬時にも蠢いていて捨てようにも捨てきれないのです。そんな恥ずかしい自分に気付かされるとき親鸞聖人のお言葉が私の心を強く突くのです。
「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり。されば、そくばくの業をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」(歎異抄)
何遍も何遍も口ずさんでおりますと聖人が弥陀の本願を親鸞一人のためのご苦労でありました。かたじけないことですと悦ばれておりますが、聖人だけでなくこの私をも常に案じ通しでいて下さっていましたと知らされるのです。勿体ないかぎりであります。自然とナンマンダブツ・ナンマンダブツとお念仏がこぼれます。心が何か明るく豊かになる思いです。何事にも悦びが味わえ、感謝の念でいっぱいになります。幸福は与えられるものではなく気が付かされるものだと思いますが、皆様はどう思われますか?合掌

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