相模原の浄土真宗のお寺『本弘寺』

住職の法話

タイトル:『お盆をお迎えして』(2001年8月 1日)

先日、10数人お集まりの席でしたが、
そろそろお盆が来るが、みんなどんな気持ちで墓参りをするのかと言うことが話題になりました。思い思いの考えが出されましたが、要約しますと、

1:先祖の霊を慰めるためと言う考えの人。
2:親不孝であった事を詫びる気持ちと言う人。
3:自分の現状を報告し、これからも家族の幸せを守ってくださいと祈る人。

だいたいこの3通りでありました。
7月のお盆でお参りさせていただいたお宅で、この話をいたしますと、
そこのご主人が「私はそんな気持ちを持ったことが無い。」と言う。
「私は墓参りをしないと何か罰が当たるような気がしてそれで参るんです。」と言われる。
何か分かる気もするし、そう言う方が多いかもしれませんね。
と話しながら、その方に申しました。
親や先祖は貴方が墓参りをしようとしまいと、たとえ墓石を蹴飛ばそうと、
貴方に罰なんか当てませんよ。
罰どころか、何をされても守りどうしなのが、幸せになってくれよと願いどうしなのが、
親じゃないですか。と話すと、そこに居合わせた人達がなるほどなるほどとうなずいて、
そこから様々な質問が出てきました。まず出たのが、
"お盆は迎え火を焚いて仏様は家に来ているのだから墓参りはおかしいのでは?"
と言う質問でした。



私達、浄土真宗の門徒はお浄土へ生まれるのです。お浄土は大変美しく、綺麗で、苦しみのまったく無い世界です。そんな素晴らしい所からこんな汚れた火宅無常な世界に戻る気がしますかね?


私はお浄土へ往かれた先祖をこんな汚れた悩みの多い所へ迎える気にはなれません。
ですから浄土真宗では迎え火を焚くと言うことはしないのです。
と話をさせていただいたことです。
皆様も仏法聴聞の中に、ご一考されてはいかがでしょうか。


合掌

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